スーパーカーで獣道を走る

金融系IT会社のアラフォー会社員。ギャンブル依存回復中の12歳年下バイセクシャル主夫と2匹の猫と暮らす。かくいう私も元アル中、しかし謎の体質変化により現在はほぼ下戸。City Girlでしたが、昨年自然を求めて田舎に引越し、果たしてそれが正解だったのか考え中。自分の歪んだ認知を矯正して飄々と生きることを目標とするADHD・妄想性障害・気分変調性障害のメンヘラ奮闘記。低血糖で副腎疲労の疑いもあり。

私にはママがいない

私にはママがいない

私にパパもいない

私には姉もいない

 

今も昔もこれからも変わらない

 

私が変われば家族は変わる

私の家族に対する歪んだ視点を正せば

私が姉かそれ以上に世間的な地位を得れば

みんな私を愛してくれる

姉は私を蔑まず、私を対等に扱ってくれる

みんなと仲良くなれるという

幼い幻想を捨てきれずにいた

 

「私が彼らの望むような姿になれば」という条件を満たさない限り、

つまり、私が私らしく生きることは私の望む家族からの「愛情」につながらない。

 

私の体力や精神力には限界があり、支配欲のない私は企業の梯子を登れないし、登ることにそもそも興味がない。でも登らないことは姉に勝てない、そして母親をがっかりさせることに繋がる。だ「きっつぅーなはなんでもeasy way out することを考えている(楽することをばかり考える)」とある日父親に言われた。父からの言葉に「私は怠け者なんだ」という信念ことが脳内に、心の中に、深く刻み込まれる。努力して、我慢して、企業で長く勤めたり、うまく給料の交渉できない自分を自分を忌み嫌い、号泣しながら「このくそめ!!」と自分を責めて、壁に頭をガンガンと叩きつけ、自分で自分の顔を平手打ちする。

 

現職は膨大な知識の要求、長時間労働と歪んだ人間関係が絡まっている。でもその分残業代が入ってきている。働けば私は怠けもものではない、稼げば、母親に喜んでもらえる。でもどんなに働けど、私は姉の収入に追いつくことはない。長時間働いて、自分を苦しめることを強いているような感覚。

 

トラウマ、乖離、PTSDが複雑に絡んでいる。

 

過去の出来事の

一つ一つのことは覚えていないけど

身体に刻み込まれている

 

自分らしさを主張する度に、

笑われたり、嫌な顔をされたのだろう。

それが、私が自分の感情を、

自分の考えを示す度にダメ出しや恥ずかしくなることの根本的な原因。

 

誰かがスケープゴートになることで

機能不全の家族はなんとかかたちを保てる。

私は運の悪いことに

そのスケープゴートになってしまった。

 

自分がスケープゴートであることに気づく一方で

こらは全部私の思い込み

これは全部私の被害妄想だと

そう自分を追い込むことで

結局自分の立ち位置からは抜け出せない。

 

でも、これは思い込みではない

 

被害妄想ではない

 

父が昨年亡くなった。

 

遺産は借金のみ。

 

結局私と姉は遺産放棄をすることを決断。

 

父の唯一の財産である持家は、

不倫の果てに父親を略奪した後妻の財産に。

訃報は叔母経由で父の1カ月に伝えられ、

葬儀についても知らせれず、

遺産相続の調査には非協力的、

父の遺品すら最後に見せることも徹底的に拒む後妻。

 

父方の祖母がまめなひとで

私の幼い頃の手紙やアルバムや文集のコピーを取っているのは知っていたので、それだけでも取りに行けたらと母親に伝えたら、

どうやら父親はそれらを以前母親に送ったけど、

母親は自分が今のマンションに引っ越す際に

私に一言も言わずに捨てていたらしい。

自分のマンションの手続き、引っ越しの手続き、

その他自分に関わることについては連絡してきたのに。

そして、自分の子供のアルバムを平気で捨てられるんだという悲しみ。

 

私は母のアルコール依存症の弟に、母方の祖母の家置いておいた、大事に突堤置いた過去に書いた絵や、文集や、賞や、集めていた切手のコレクションも無許可に捨てたらた。10代の頃に書いた日記は、どの部分か知らないけど、その一部を母親に読み上げ「おまえはこれだけ桃子に苦労をかけているんだ」と訴えたらしい。

 

その母は父が亡くなったおかげで

結婚していた間の分の米国年金の収入が増えて嬉しそうだ。

 

姉に双子の子供ができた

母は孫が可愛くて仕方ないらしい

私は連絡の取れない気難しいダメな人として、

陰の存在で居続けるだろう

 

甥っ子と姪っ子を可愛がりたかった。

彼らが赤ちゃんの頃一度だけ会ったことがあるけど血の繋がり、本能なのかな、姉の子でも、本当に可愛かった。幸せになって欲しいと思う。

 

そしてパートナーに親の愛情を求める一方で、パートナーは親ではない。私の求めている親の愛情はパートナーでもなく、誰にもこの隙間を埋めることはできない。

 

YくんはYくんで色々と抱えているけど、私の精神が不安定過ぎて何も言えない、と。それを聞いた時、だったら離婚すればいいじゃん、もっと相談できる人と一緒にいればいいじゃんと思った。私は所詮自分中心のダメ人間なんだから、と。Yくんはいつも私の病的な発言を忍耐強く聞いてくれている。一方で私はYくんの苦悩を聞いてあげる精神的な強さがないにしても、彼の身体は今までの苦労が故に凝り固まってしまい、心身共に不本意な制限がかかってしまっているのが分かっている。だから主夫だったり自由業として生きればいいと思って、私が稼ぐことで私なりに彼や猫たちの健康をサポートできればとそれなりに頑張ってきたので、「俺の依存症に対する対応が冷たい」だったから無関心だったか、言葉は忘れたけど、それを言われたのは傷付いた。

 

夜中にお互いに思いをぶつけて、お互い様だね、というのが着地点になった。

 

でもこの「お互い様」という配慮はうちの家族ではなかったので、誰かが「悪い」ということにならないと、ことが収まらなかったので、Yくんは慣れてるみたいだけど、こんなにも言い合って関係が破綻しないのが新鮮であり、驚きなんだ。

 

お酒を飲んでるときだけ、全てがどうでもよくなる浮遊感が楽しめた。

 

でもお酒はやめられた。

 

家族愛に対する幻想、憧れ、依存をやめたい。

 

でもやめると決めると恥ずかしくなる。

 

変わるのが恥ずかしい。

 

恥ずかしい感覚をどうしたら消せるのか。

 

そして変わると、損する、と思っている。

 

自立するとは物事を達観すること。家族やパートナーに怒らなくなり、結局舐められ、私が損をすると思い込んでいる。昔の彼氏にはほとんど怒らなくて、浮気されたり、逆ギレされた経験があったなら。

 

自立することは怒れるようになることなのに。

 

でも怒っても何一ついいことなかったから。

姉には論破されるか虐待される。父には逆ギレされる。唯一のよりどころだった母親にはだんまりされる。誰も自分の非を認めない。謝らない。だから私は怒らない。私が謝る。それを求められていた訳ではないのかもしれないけど、私はそれで不穏な空気を変えて事態を収めたかった。

 

両親の離婚後も自由に生活できた姉。彼女からしたら「ももちゃんは、ママがいてよかったじゃん、私には頼れる家族がいなかった」と言っていたけど、彼女には私の苦労は一生伝わらない。

 

私はアダルトチルドレン

死なせてください

薬はトラウマ的なフラッシュバックのような発作を受けた時には効かないことがよくわかった。

 

同じ話を何度も繰り返しているが、私は長年家族に振り回されてきちんとお金の管理をしてこなかった。

 

外資金融に就職するも、母親と住む家賃代や生活費をさっ引くと、新卒にしては悪くなかった給料も、手元に残るのは日系企業の銀行員と同じ程度、そこから貯金するとなると、今度は周りの同僚たちの基準で選ばれた高級レストランでの定期的な誕生日会(食事代1万円、プレゼント代も五千円〜)に参加できなくなるので、あるだけ使ってしまっていた。

 

その後も、母親への仕送りと、母親に対する不満や自分のトラウマをアルコールとプロのシンガーになる夢でごまかすかのうよにそれらにお金を使い、「いつかはじめるから」と言いながら貯金ができなかった。一方で、中間管理職になる体力も、精神力も、野心もないし、会社の仕事に情熱を注げず特に昇進することもなく、仕事に飽きると退職して、もらった株や退職金を崩しながら転職活動をする。無職の状態なので先方に足元を見られ給与交渉ができないので、転職によって役職的にも給与的にもほぼ横ばい。とにかくその時その時を凌ぐ為の転職をしてきた。

 

そんなので貯金がないものだから、20代に後半、姉がトルコのリゾート地で挙げた結婚式への旅費を姉に出してもらい、お金がないからと断ったのに「旅費を私が出すから」と姉が言うので、バリで挙げられた姉の義理兄の結婚式の費用も姉に出してもらった上に、当時の姉の元夫に「僕の兄弟はみんな自分で旅費を払えるから、次回からは自分で払え」と母親経由で伝えられ屈辱を受ける。だから、行けないって言ったのに、そこは姉も「いや、私がお願いしたんだ」とか言い返してくれなかったんだと、その後は当然楽しめるわけもなく(元々楽しくなかったけど)、1秒でも早く帰国したかった。

 

父親は不倫の後、母親に離婚を迫る。離婚後姉は一人でアメリカの有名大学の寮生活を自由に満喫。一方、私はわけのわからないまま、母親と二人で日本に帰国せざるを得ず、大学生になっても母は家賃がもったいないと、自分のアパートを引き払い、私のアパートに転がり込んだり、その後は二人で住む等を経て、今に至る。

 

それで今、大分遅れをとってしまったけど、やっとお金の管理等も立て直そうとしている。

 

姉には私の苦労がわからない。

 

でも彼女は社会的な地位を着実に手に入れている。

 

そしてここ最近父の遺産相続で話す機会が増えた。

 

父親の不倫相手であったその後妻は人の家庭を壊した上に、父親の訃報を1ヶ月遅れで、謝罪もなく、伯母経由で伝えてきた。その後なぜか親族に特に詳細を伝えることなく遺産の放棄を急かし、それに応じなかった私と姉にに対して遺産相続の話にも非協力的、かといって今のところこれといった財産は見当たらず、何か裏があるのか、ないのか、行動が支離滅裂で収集がつかない。

 

でも腹いせに色々とこれ以上調査を進めたとしても、費用が嵩むだけ。

 

中国地方にある父親の家のちかく警察署に行って調査をするとなると旅費がかかるので、それは折半して欲しいと姉に伝える、「あなたは昔からお金に対してFunnyだけど、出すのは構わない」と英文で返事がきた。このFunnyが何を意味するのか、推測するには「変」、「ケチ」とマイナスな意味が込められているのはわかる。

 

でも私がお金に「変」で「ケチ」なのであれば、それには理由があるからだ。

 

でも自分の考えより、姉の言葉の方が私に対する影響が強い。

 

姉の”funny"の一言で、「自分には稼ぎがない」、「貯金がない」、「ケチ」、「姉より全てにおいて劣っている」、姉と母で「桃ちゃんってなんでお金がないの〜」、「何考えているかわからない」等ろくなことを言われていないだろうとか、色々なフラッシュバックや妄想が止まらない。死にたくなる。

 

「人のせいにするんじゃない」という声もする。

 

Yくんは姉が金があるなら全部出してもらえばいいじゃんというが、それが合理的なのかもしれないが、今までの歴史とトラウマがあり、そうすると惨めになるだけなのでしたくない。多分こういう思考回路があり、家族からも「気難しい」と言われてきたんだろう。「姉はすごーい!」と可愛く頼れる妹だったら、きっともっとうまくやっていけたんだと思う。損な性格。

 

普通に考えたら、いつも下に見られるのが悔しいというのは余計なプライドなんだろう。

 

そんなくだららないプライドにより姉と縁を切ったのに、もしかしたら父親の遺産が少しでも手に入るかもしれないという下心より、彼女とやりとりをした自分がいけないのだ。

 

姉のように、自分で弁護士費用を余裕を持って払えないのが悔しい。

 

何がしたいのか、どうなりたいのか、全然わからない。

ただどんなに働いても、それだけお給料が入っても、私は自分をいじめることしかできない。

 

そして自分の行動と選択、特にお金や家族に関しては、自分の認知の歪みにより、正常な判断ができなくなる。

 

もう自分が悪いから、ごめんなさい。

死なせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の所の薬の効き目

ストラテラは私には効果があるみたいで、確かに以前より仕事に取り掛かるのが早くなり、先延ばしが明らかに減っている。会議は、どうでも良さそうな内容だと、なんとなく聞きながらも、違う作業をしてしまうのは相変わらずだけど、これは注意散漫とはまた違う気がするでの良しとしている。そして家のことも、平日は仕事が終わるのが遅すぎるか、力尽きて何もできないけど、今朝は淡々と家計関係の作業をしたり、部屋の片付けをできた。ただ飲んだあとの吐き気だけは慣れないし、しんどい。

 

先日お偉い人や上司、あとは全く興味なさそうな人たちを含めたオーディエンスの前で、ビデオ会議上でのプレゼンをしなくてはならなかった。多少緊張して途中で喉がカラカラになったものの、特にものすごく早口になったり、途中で「どうせ誰も聞いてないだろうな」等余計な思考が沸いて注意散漫になることなく、役目を果たすことができた。無事終えただけではなく、講師歴の長い同じ部署の大先輩には「感動しました」、「人の心に訴えることができるプレゼンができるのは才能だと思いますよ、本当に」とまで褒めてもらえて驚いた。本来は極度のあがり症なのだけど、先ほど調べたらあがり症の治療にメイラックスが良く使われていることを知り、今回のプレゼンはメイラックスに救われたのかもしれない。そしてプレゼンのスピーチを淡々と準備できたのはストラテラのおかげかもしれない。

 

こう並べると色々と順調に見えるが、ただ依然として、自分が何をしたいのかがわからないし、どんなに褒めていただいても自己評価は低いままだし、労働時間は長くて疲れるし、そして何より希死念慮は相変わらず。

 

ただプラシーボなのかもしれないけど、昨日処方に炭酸リチウムが追加されてたから、なんだか自分がカプセルの中にいるような、酩酊状態に似た、見えない膜に覆われているような感覚になっている。周りの人の言葉が気にならなくなるというより(今日はYくん以外と話してないのでまだわからない)、身体感覚としては、世間と自分が切り離されたような感覚。そににより、今日は物事をあまり深刻に捉えなくなっているような、明日の出社もそこまで嫌だという感覚もなく(だからといって、「よ〜し、働くぞ〜!」と高揚している訳でもなく)、希死念慮も軽減されているような気がしない訳ではない。もしこれがプラシーボではなく、実際の感覚なのであれば、自分の問題に取り組むには確かにいい状態かもしれない。

 

感覚がなくなるのではなく、確かに浮き沈みの波が小さくなっている。

 

ただ感覚が鈍化されていて、双極性障害に処方されるだけあって、「躁」状態であるセックス時のオーガズムが抑えられてしまっている気がする。(その関係性は要検証ですが)

 

しかし私はここまで薬で自分の感覚を鈍くしないと生きていけないのか。

逆に言うと、ここまで鈍化させないで、今までよく生きてこれたな?

そのためのアルコールだったんだけど。

 

でも今の私はアルコールの代わりに、明らかに薬漬け。ストラテラは大脳や脳幹を活性化し、メイラックスはリラックス系の神経受容体「BZD受容体」に結合することで、リラックス系の神経を活性化する。リチウムは中枢神経に複合的に作用するとか、それが具体的にどういうことなのかよくわからないけど、とにかく頭はシャキッとしながらもなんかどこかでモヤモヤっとした眠い状態が残っているとても不自然な状態の毎日。残念ながら思っていた以上に重症だったのか、自然療法(代替医療)やカウンセリングでは劇的な変化はなかったので(人生経験にはなったけど)、今回こそは薬に頼りながら、幼少期から続いている慢性的なうつ病から回復したい。死にたいと思わなくて済んで、自分が何が欲しいのかわかるようになりたい。

 

ちなみに炭酸リチウムの脳への影響を調べていたら興味深い記事に遭遇した

 

www.nips.ac.jp

 

等准教授は、「今回の研究によって、おとなの脳にも存在する神経幹細胞が、通常治療に使われている薬物で増えることを示した。ヒトへの応用についてさらに実験をすすめたい」と話しています。

 

だと。

 

炭酸リチウムで長年の鬱による脳の神経性萎縮や失われたニューロンの損失が改善され、認知力の矯正と記憶力の向上につながるならラッキーだけどね。

 

しかし定型発達のメンタルは、指で押されてもすぐに元に戻る赤ちゃんの肌のような弾力性があるのか?だとしたらすごすぎる、幸せすぎるだろう。それと比べたら私のメンタルの弾力性は一度押されたらそのまましばらく凹んだままの老婆なわけですよ。

 

でもまだ炭酸リチウムを処方されてからまだ1日で、ネットやTwitterでは「効かない」というコメントを散見するので、なんとなく変化がある気がするというプラシーボである可能性は否定はできない。

 

西欧医学を毛嫌いしていた母親の影響で、代替医療には頼るものの、西欧医学の精神薬は絶対飲まないと頑なに40年ほど手を出したことがなかったけど、これならもう10代のうちにとっとと早くに飲んでおけば、、、いや、でも母親と共依関係だったので(あと高校時代は祖母と三人でくらしていたので)、精神科に通うことは彼女たちを不安にさせるだけだったのでこの選択肢はなかったな(私が精神病で大学に入学できなかたら、就職できなかったら、稼げなくなったらどうしようという不安)。私もYくんの薬や栄養の知識がないまま、一人で薬を飲んでも、薬をうまく利用できなかっただろうから、結局今がタイミングだったんだろう。

 

鍼灸は引き続き通っていて、やはり行った翌日は身体が明らかに軽い。

 

さて次回は自分が抱える認知の歪みについて。

そして誰かのためにではなく、まず私は何をするために、どこに住みたいのだろうか。

自分の仕事と趣味を両立させるためには、時間短縮を考えると、都内に戻ることもありなのかもしれない。それか車を買うか。

炭酸リチウム400mgが追加された

昨日は3週間ぶりの診察で、ストラテラADHD薬)はおかげさまで効いている感じはするし、メイラックス抗不安薬)の効果なのか脳内のヒステリックなダメ出しは減った気もするが、希死念慮がある。仮に、今目の前で今すぐ死ねる薬を出してもらえたら多分飲みます。これは家族のことがどうでもいいとか、大事ではないといか、それとは別の話だと説明。ただもういいやというか、全てに疲れたというか…と下を向きながらぽつりと伝える。

 

あと水島広子先生の「気分変更調整障害」の本を読んで、あまりにも内容が自分に当てはまるので驚きました、と感想を述べてみた。あとは、薬だけでは思考は変えられないので、認知行動療法や行動活性化についても本を読み始めたことも一応話してみた。

 

先生はあまり水島広子先生の本の存在は知っていたものの、特に内容には納得はいっていないみたいで彼女の「双極性障害」の本にもこの気分変調症障害の内容と同じことが書かれていると。みんな何かしら不安がある。あとADHDだと双極性障害の様な症状が出ると。

 

「きっつぅーねさんは他の人の言葉とかに影響されやすいですかね〜?」と聞かれて、まぁそうですね、と答えると、ではあまり周りに影響されなにようになる薬を出しますね。認知行動療法で自分の内面を変えたいと思うのはわかるし、刺さることもあるだろけど、でもとりあえず周りに影響されないでで、自分について考えるといいみたいなことをアドバイスされて、炭酸リチウム(気分安定薬)を追加された。

 

あまり薬は増やしたくないので、メイラックスも引き続き飲むのでしょうか?と確認したら、一応合わせて飲んでみて欲しいと。「薬にはなるべく頼りたくないんですけどね、、、」と伝えると、「今は薬に助けてもらった方がいいよ」と言われ、その日の診断もあっさりと終わる。そういえばこの先生はカウンセリングとかは全く勧めてこない。

 

とりあえず薬に期待するのは、思考の調整ではなく、希死念慮だったり、気分が沈みすぎて体が動かなくなったり、体力と精神力を振り絞って、「いいから早くしろよクズ」と自らを罵りな仕事机に向かわせるストレスを軽減してもらうこと。精神科医のアドバイスには端から期待していないし、上から目線で色々とアドバイスされたりするのも面倒くさいので、これくらいライトな先生がちょうどいい。

 

次はまた2週間後。

 

 

 

性格ではなく、病気だと

水島広子著書の『対人関係療法でなおす 気分変調性障害』を読んだ。

 

https://www.amazon.co.jp/%E5%AF%BE%E4%BA%BA%E9%96%A2%E4%BF%82%E7%99%82%E6%B3%95%E3%81%A7%E3%81%AA%E3%81%8A%E3%81%99-%E6%B0%97%E5%88%86%E5%A4%89%E8%AA%BF%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3-%E6%B0%B4%E5%B3%B6%E5%BA%83%E5%AD%90/dp/4422114646

 

どの占い本よりも自分の性格をズバり当てていて、しかもこれは私の人格ではなく、病気というのだから、ああそうなのか、と。「ああそうなのか」というのは、こんな別に毎日会社に行けているのだから重い病気ではないだろう、自分がクズなだけだろうという考えが残っているから(しかし、この発想こそが「気分変調性障害」の症状であると、この点まで指摘されていて驚き)。

  • 自分は人間としてどこか欠けている
  • 自分は何をやってもうまくいかない
  • 人生がうまくいかないのは、今まで自分がちゃんと生きてこなかったからだ

 

特に「そもそもうつ病でエネルギーが低下しているというのに、その限られたエネルギーをすべて使って『ふつう』に見せようと努力しようとするのです」、それも「自分のダメさを見破られないように」と書かれている部分は、これは正にそのとおりで、私は社会人1年生のころから今に至って、なるべく普通の会社員のように振る舞うように気をつけて、ミスをしないようにいつも気を張っている。それによりおそらく慢性疲労になり、加えて頭の中で「それなりにいいお給料の仕事に就けて何が不満なんだ、働け!!」と自分をいじめる癖がついているので、さらに疲れる。でも実際働かないといけない。私には「疲れたらな、少し帰って休みなさい」とサポートしてくれる両親や実家がない。

 

当著書はもう10年前に出版された本だったのに、今回初めてd自分の視界に入った、いや正確にはYくんが本屋で見つけたので、今回初めてご縁があったのが不思議なぐらい。

今まで頑なに西欧医学を避けてきて、スピリチュアルや代替医療に100%傾倒していたのも一因だろう。

 

以前よりテキパキ動ける様になっている点はストラテラはなんとなく効いている気がするけど、鬱の波に襲われると心身ともにうなだれてしまい、やる気は希死念慮に綺麗に上書きされてしまう。なので、次回はメイラックスではない抗不安剤を処方してもらえないか相談してみることにする。

 

同時に、認知行動療法の本を何冊か買ったので、地道にワークを始めるしかなさそうだ。

 

希死念慮は毎日ある。

 

今、見知らぬ誰かに「これを飲んだら少しずつ意識が薄れてあっという間に楽に死ねるよ」と錠剤を一つ手渡されたら、その場ですぐに飲まないにしても、何かをきっかけにきっと飲んでしまうだろう。殺し屋でも雇って、全身麻酔を打ってもらい、麻酔が効いている間に頭を銃で打ってもらい、そのまま海に葬られれば、それはそれでいいと考えてしまう。

 

希死念慮が消えない以上、何もかも意味がないように思えてやる気がおきない。

鬱は薬だけでは治らない。ワークはそれなりに根気のいる作業。私にできるのか。

最近はたまにヨガをするようになったので、運動量は少しだけ増えた。

鍼灸で腰痛は良くなってきた。

音楽活動も少しだけ知り合いと勧めてみたりもしている。

 

私なりに行動はしている。何に不満なんだ?と聞かれたら、本当にわからない。このわからないを解明しないと問題は解決しないし、それが認知行動療法のワークの目的なのであろう。

 

ただ生きるのに疲れた。心も身体お疲れている。慢性のうつ病は慢性の疲労

 

Yくんと猫たちは全く悪くない(Yくんは幸い精神病には理解があるので、普通の家族よりは理解もあるし耐えてくれていると思う)ので申し訳ないと思いながらも、毎日死にたいと考えている。

 

一方で、できることなら、生きることには意味はなくただ当たり前の事実として受け入れ、自分を脳内で虐待することなく、自分の内側ばかりではなく周りの景色にも目を向けながら過ごせるようになりたい。そして自分は仕事がちゃんとできてる、あるいは、病気持ちなわりには頑張れていると自分を労えるようになりたい。

 

今のままだとどこに転職しても同じ問題に直面するし。

 

頼むからまじめにワークに向き合ってくれよ、自分......じゃないと何もかも失ってしまうよ。奇跡的に(?)アルコール依存からも抜けられたから、なんとか抜け出せるはず。。

 

私の永遠の憧れの人、ノブ子様。

誰からの承認よりも、自己肯定こそが人間の至福だということを示して下さる。

 

 

 

 

気分変調性障害

気分変調性障害の本を読んでいたら全てが自分にあてはまる。

 

なんでも自分をいじめる方向に認知を歪めてしまうらしい。

 

治療過程を踏むのも、その過程でこれからもYくんに迷惑をかけるのも、あるいは私の「タラレバ」と、文句と、希死念慮に耐えかねたYくんと猫たちに去られるのも辛い。

 

今までがんばってこなかったわけではない。

 

ただ、もう全部終わらせたい。

 

生きたくない。

 

afterall.. life goes on.